ー 大丈夫、きっと大きくなれるよ
イラスト:現栃木県美術作家連盟会長 渡邉 泰秀横塚公園に梅雨が来た。
20年以上は経つのだろうか?
当時植えられた常緑樹はみな太く幹を張り、黄みどり色の新芽は
ピカピカと力強く光りながら、まるでテノール歌手の様に
大らかに枝を広げ、あじさいの空の上へと広がっている。
その中で、とくに堅い葉が繁り合った一角に、金木犀が
うずくまるようにして立っている。
6月1日の朝ー
1羽のハトがパサパサパサとこの金木犀の中に消えた。
私は知っている!
このハトは去年、我が家のもみじに巣作りし、
大雨の台風の中ひなを育てたあの親バトに違いないのだ。
だが、ひながかえって丁度2週間の朝。
親バトがいない時に飛び立ったひなバトはそのまま
向いの横塚公園まで滑降してゆき、待ち伏せしていた
我が家の猫に襲われてしまった。
その日1日中、いや次の日も次の日も、公園を囲む電柱の上を飛び交いながら、
ボーボーと低い声で鳴き続けていた2羽の親ハトの姿を、私は決して忘れてはいない。
なのに1年後、その公園の木に巣を作るとは?
ハトの野生が不思議でもあり、いじらしくもあった。
温暖化の影響で巣作りする環境が狭められているのだろうか?
そっとしてあげようと思いつつ、私は枝へ足をかけると、背伸びをしてひなを探した。
細い枝がすぎ間なく空へのび、密生した堅い葉の間から細長い無数の光が私の目を射抜いた。
その先に、枯枝を荒くしきつめた両掌ぐらいの巣が見えた。
“ま…いいか…” これなら猫にも悪ガキ達にも見つからないだろう
小さな安堵感があった…。
6月5日ー
朝から公園が何やら賑やかである。
足にゲートルを巻いた造園屋さんがトラック3台でやってきて枝払いをしているのだ。
駆けつけたとき、金木犀は繁みをきれいにカットされ、
その枝先に2羽のひなが、枯れ枝と同じ色をしてうずくまっている。
今年のひなだ!
あたたかいものが私の胸をしめつけた。
次の朝ー
庭先で何かの音の気配に目を移した時、猫が金木犀に
忍び寄っているのを見つけた。
“ミー子!!(我が家の猫の名前)”
私の鋭い叫びと同時にミー子は1羽のひなをくわえると、サッと公園を駆抜けた。
一瞬低く身をかがめ、私を振り返って…
金木犀には、残りの1羽のひなが巣から飛び出し、刈りあがった枝先に
うずくまっている。落ちそうである。きっと逃げようとしたのだろう…。
私は台を持ってくると掌の中にしっかりとにぎりしめた。
その体は驚く程熱かった。
”このままではまた猫に食べられてしまう
でもどうやって育てていったらいいんだろう”
大分大きくなっているとはいえ、ひなの羽はその体の半分程しか伸びてはいず、
頭のてっぺんはまだ産毛状である。
どう育てたらいいのか何人かの人に電話で聞いてみたが、
皆、”さぁ…なー”と言った。
夫が“矢板市の県民の森鳥獣課に電話してみたら?“と言った。
鳥獣課のお姉さんは、“ハトは今、公害などが言われていて、受付できません。
あとで巣に戻してあげるといいです。“とやさしく言った。
“お前、誰も育ててくれないんだって…
ひとりで生きていくしかないんだって… 大丈夫かい?“
熱いふわふわした確かな手応えが両掌の中でドキンドキンと脈打っている。
“大丈夫かい?”
もう一度聞いてみた。
その時、ヒューヒューともクークーともつかぬ、胸の奥で
風の鳴るような細いかすかな声を聞いた。
“…ん?…”
その声はもう一度、聞き取れぬ程のか細さで、口も開けずに
ヒューヒューと鳴いた。
“お前なの〜?”
私は掌の中の熱い体に頬ずりした。
思えば一昨年もそうだったが、ハトは巣にいる間ただの一度も
鳴き声を立てたことはなかった。
つばめが一斉に口を開けて餌をねだる騒々しさを知っているので、
巣立つその朝までひっそりとうずくまって育っていくハトの野生は
哀しくもあり、曖昧に生きている私の衿を正させるのであった。
“大丈夫だよ。きっと大きくなれるよ。”
何も理解していないであろう丸い小さな目がつぶらに見開かれ、
掌の中にうずくまっている。
私はもう一度話しかけた。
“大丈夫だよ。きっと大きくなれるよ。
大きくしてあげるからね…!“
次回へ続く